【日記】第5の習慣:まず理解に徹し、そして理解される⑤
こんばんは!
今日も遅くなってしまった。
さあ、書いていこう。
昨日書いてて思い出したことがありました。
わたし、けっこう、仕事で確認漏れをしてしまうことがあるんです…。
というか、わたしが経験したトラブルの原因って、だいたい、お互いの理解の相違だったような…。あと、わたしが、相手にはっきりと確認取ってないとか。
最近あったトラブルが、わたしは相手に『A』と伝えた。相手もそれは聴いていて『A』だということは覚えていた。しかし、トラブルが起こった時、『A』の解釈について、まったく伝わっていなかったことが判明したんです。
はっきり書けないから、わけわかんない文章になっているでしょうけど…。
とりあえず、わたしたちの間で『A』について同じ認識を持っていなかった、ということが判明したんです。
で、わたしは「『A』とはこういうことなんです」とひたすら理論で対応しました。相手は、ひたすら感情的に訴えてきました。
結局、上司に間に入ってもらい、事態は落ち着きました。
上司は、双方の主張を聴いて、どちらかに肩入れすることもなく、対処してくれました。ありがたかった。
わたしは理詰めで相手を責めるんだな~と、はじめて自覚しました。
相手の感情に寄り添うとか、そのときは全然できなかったし、今、あの時に戻って対処できるかと言うと、なかなか難しそう…。
ただ、いまのわたしにできそうなことと言えば、事前にちゃんと重要なことについての認識を確かめ合うことだろうと思います。
そうやって、はっきりとお互いに理解しあえていれば、堂々と「NO!」と言えるはず。
少なくとも、自分に自信がなく、「いや~たぶんダメだと思います…」というような弱々しい態度を返上できそうな気がする。
わたしは自分のこともよくわかっていないし、相手の言いたいこともよく理解できていないから、「NO!」と言えないんでしょう。
『7つの習慣』には、第3の習慣:最優先事項を優先する に、
「燃えるようなYESがあれば、微笑んでNOと言える」
とあるのですが、ひょっとしてこういうことかなと思いました。
自分のことも相手のこともわかっていれば、そして、そのうえで違うと思えば、「NO!」ということは必要なことです。
それでもやっぱり、堂々と「NO!」というのは勇気がいる。
嫌われるのが怖いんだな~と思います。
悪く思われるのが怖いだけで、相手のことを考えているわけじゃないとわかっていても。
さて、明日は楽しみな飲み会です!
今日はこの辺で!